私の姓の「東儀」は奈良時代から雅楽に携わる家系で、有名な東儀秀樹さんとは親戚ではありませんが、伯父の東儀祐二(ゆうじ)は戦前の宮内省楽部を卒業し、楽師として宮中で雅楽(篳篥=ひちりき)を演奏しておりました。戦後はヴァイオリン奏者に転身しヴァイオリン教育の第一人者となり、教え子には五嶋みどりさんや葉加瀬太郎さんなど多数の有名な東儀一門のお弟子さんがいます。また、東儀の源流は秦氏で、秦河勝(はたのかわかつ)は、京都太秦(うずまさ)を中心に支配し、聖徳太子から授かった仏像をまつるために603年広隆寺を建立しました。秦氏の先祖は『日本書紀』に記載される渡来人の夕月君(ゆづきのきみ)で、百済貴族または秦(しん)の始皇帝の後裔(こうえい)とされています。始皇帝は万里の長城や兵馬俑(へいばよう)を多くの奴隷を使って作らせたのですから、あまりいい先祖とは言えませんが・・・。ただ正確には、私の祖父は赤松家から東儀の養子になったので、戦国時代、黒田官兵衛に滅ぼされた播磨(はりま)の豪族の血筋なのかもしれません。
私の父(三男)はサラリーマンでしたが、祐二さん(次男)の影響もあってか、音楽的素養もありました。「見て覚えた」と言ってクラシックのピアノ曲を器用に弾いているのを、幼心に感心して聴いてきました。私が医者を目指そうと思い立つ前は、音楽関係の仕事に就きたいと考えて高校を中退して「自分探しの旅」に出たこともあります。今、クリニック主催の年2回の健康コンサートで歌を歌ったり、沖縄舞踊エイサーを踊ったりしているのも、こういった生い立ちと関係があるのかもしれません。